とうびょうライトハウス

病気と向き合う方をサポートしたいブログです

闘病ショート回想(その1)

長きに渡る私の闘病生活の中で、一番、強烈に記憶されている日。それは、病名を知らされた日、告知の日です。重い病気の告知の前と後とでは、世の中の見え方が全く変わってしまいます。

 

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もくじ

【告知前の3ヶ月の入院】

【退院後の受診そして告知】

【ショックで】

【まとめ】

 

告知前の3ヶ月の入院

告知前、3ヶ月ほど入院生活を送りました。治療の甲斐あって、2ヶ月過ぎたあたりから、頻発していた40度の熱が嘘のように平熱へ。当時はまだ若かく、ずっとベッドに寝たきり状態でしたが、熱さえ落ち着けば、思っていた以上に動きまわれました。高齢で3ヶ月も入院していたら、リハビリは必至だったでしょうけど。

退院日は4月の良く晴れた日。遠くの病院だったので、家族の迎えもなく、一人きりの退院でした。緑色の電車に乗り、ふと車窓に目をやると、桜が満開で目に眩しいほど…。吊り革につかまっていると、手提げバッグがとても重くて、病み上がりを実感しました。

 

退院後の受診そして告知

退院後、初の受診日。体調も良くなり、病院に来るのもこれで最後だと考えていました。診察室では、主治医の先生からレントゲン写真の説明を受けました。そして病名を…。「○○○○病です」と言われ。えっ、という感じでした。頭が真っ白になって…。こんなに体調が良くなったのに…。僕の顔色が一変したことを、主治医のとまどう表情から逆にうかがえました。今すぐにどうなるという状況ではないのだから、と慰めの言葉をもらいましたが、何の足しにもならず。次回の受診日を決めて診察室を出ました。

 

ショックで

告知直後、病院の外にはいつもと変わらない風景があって、こころの状態だけが変化してました。親の顔が浮かび、申し訳なく思う気持ちが…。ふらっと入ったショッピングセンターの一角にアウトドアショップ。そこで、父親へのプレゼントに、安くないアウトドアブランドのジャケットを購入。どうして、プレゼントを買おうと思ったかというと、家に帰って親に病名を言ったら、かなり落胆するのではと思い、事前に手を打っておきたかったのです。今考えると妥当な策とは思えませんが、当時の私は告知のショックから、まと外れなことを思いついたのでしょう。

この後、家に着くと、えんえんと自分のやるせない気持ちを、えんえんと両親に話すことになります。まだ若かったです。

 

まとめ

重い病気の告知の前と後では、世の中というか、世界の見え方、色合いがまったく変わってしまいます。自分のカラダが着ぐるみならば、その病気に染まった着ぐるみを、できるものなら脱いでしまいたい気持ちになりました…当時の私は。