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闘病する人 良きモデル(その2) ― 岸本葉子さん エッセイスト ―

みなさん、こんにちは。ジョニージョニーです。今回は、エッセイストの岸本葉子さんの闘病経験について、動画や著書を交えて考えます。闘病生活を送っている方にとって、きっと良き手がかり・ヒントが得られることと思います。

岸本さんを知ったのは、10年以上前で、研究目的で多くの闘病記を集めていた頃です。その時に、『がんから始まる』という岸本さんの著書を拝読しました。本の中には、症状の現れ、がんの告知、そして手術…等々、岸本さんの病気と向き合う姿があります。文筆家だけあって、がんと向き合う心の様が密に描かれていて、病気と共に生活する私には、とても参考になった本です。以後、岸本さんの出演する番組なども、拝見するようになりました。

それでは、紹介しましょう。

 

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 もくじ

【良きモデル 岸本葉子さん紹介】

【岸本さんのがん体験談】

【告知場面をクローズアップ】

【まとめ】

 

良きモデル 岸本葉子さん紹介

岸本さんはエッセイストで、1961年鎌倉市生まれ。大学卒業後、会社勤めを経て、中国に留学。帰国後、文筆活動を開始。数多くののエッセイ集を世に送り出し、エッセイストとして名を馳せます。しかし、2001年に虫垂ガンと告知され、長い闘病生活が始まりました。2003年に自らの闘病体験を描いた『がんから始まる』を出版。大きな反響を呼び話題となりました。その後も積極的に執筆を続け、がん克服キャンペーンにも参加。現在、作家活動の他に、テレビ・ラジオ等出演、また淑徳大学客員教授でもあります。

 

岸本さんのがん体験談

下記の動画の中で、岸本さんが闘病体験について語っています。

www.youtube.com

☆私の感想☆

 動画の中で岸本さんは以下のように話します。始めはただの虫垂炎と思って手術したところ、術後に虫垂ガンと知らされ、驚きと恐怖を感じたと。確かに、いつもの日常に戻れると思っていたところへ、がんの確定というのは辛かったでしょう。

私も退院後、最後の診察と思ってたところで重い病名を告げられました。岸本さんの気持ちに共感します。また、その際の医師の告げ方というのは、患者の心の負担に大きく関わる要素です。

しかし、岸本さんは言います。ほんとの怖さと向き合ったのは、最初のがん治療が一旦終わってからだと。根本的に解決する手段がないと分かると、助かるための情報を探し続ける毎日、試行錯誤する日々が始まったと。

私も高額の民間療法を試したり、他の医師に変えようとしたりと。根本的な治療法がないと聞かされた時、患者はどこに向かったらよいのかわからなくなります。まさに迷宮に迷い込んでしまったような感覚です。

そうした状況にあっても、岸本さんは落ち着いて対応します。いろいろな情報があってもすべては試せないと。ゆえに、一つには主治医の治療と矛盾しないこと。一つには一般的な食習慣と矛盾しないこと、という方針を掲げて、気功を習い、漢方を処方してもらい、食事療法を始めたとのこと。根拠に乏しい民間療法や、極端な治療は回避します。

また、岸本さんは、がん種を超えて、闘病する者どうしで対話することの重要性を語ります。情報を交換し合うだけでなく、話し合って共感し合うことの大切さを訴えています。再発の不安、生活の不安、家族への思い、医療者とのコミュニケーションの悩み、死について思うことなど、闘病を経験する者だからこそ語り合えることがあるのだと。

確かに、闘病する者にとって、家族や友人とは距離が近すぎてしまい、逆に話し辛いこともあります。そうしたところを胸に仕舞い込み過ぎると、心への大きな負担となります。そうならないように、患者会がんサロンなどを通じて、同じ病をともにする仲間を見つけ出会うことは、その後の闘病生活の質を高めるために大事なことと、私も思います。

 

※下記にある動画の後編では、家族との関係、がんと仕事について語られます。よろしければ続けてご覧ください。

www.youtube.com

 

 告知場面をクローズアップ

岸本さんの闘病記『がんから始まる』から引用させて頂き、告知について考えてみたいと思います。

 

◇◇◇『がんから始まる』 … 告知を受ける (前半部)◇◇◇

水曜朝。竹中先生のクリニックへ。

レントゲンを撮った、家の近くのクリニックと規模は近いが、都心のせいか、人間ドッグに来たという背広姿の人もいる。

順番を待つ間、緊張が高まらないよう、なるべく集中できそうな本を持っていった。前の日から読みはじめた台湾の李登輝元総統の伝記で、元総統のファンである私は、前日も、自分のおかれた状況を忘れ、結構読みふけってしまった。

平常心を保つには、効果がある。李登輝さまさまである。

診察室から名を呼ばれた。

レントゲン写真をひと目見た先生は、

「これは……ポリープと伺っていましたが」

つぶやくように言ってから、

「前の病院でも、説明があったかもしれませんが」

と前置きをし、良性と悪性との形状の違いを図に描いた。一般にポリープといわれるものは隆起性である。それに対し、レントゲン写真に認められるのは陥凹性で、くぼみ部分に潰瘍を伴っている。それは悪性であり、内視鏡による切除ではなく、開腹し、前後を含めた腸管を切除して、つなぐ手術をする。入院期間は数週間になる、とのことだ。

ひととおり開いた後、

「病院での説明はなかったですが、本で見て、これは形からしてよくないなとは思っていました」

と返事した。そう言いつつも、こういうとき、人間の理解の速度は遅くなるのか、

(悪性ってことは、いわゆる「がん」だよな、ということは、すなわち私はがんであるわけだよな)

と、三段論法の一段ずつ確かめながら進むような手続きを、頭の中でとらなければならなかった。

可能性は、考えていた。が、確定するとしたら、内視鏡で組織を取り、調べた上でだろうと。内視鏡検査を経ずして、診断が下されるのは、予想外の展開である。

レントゲンを撮ったクリニックでも、すでにわかっていたが、何の構えもない人間に、

「あなたはがんです」

とは言いにくかったのだろうか。

「私も十五年前、同じところにできました。私はこの倍くらいありましたけど」

と先生。「同じ」ということからしても、やはり私は、がんなのだ。

同時に、そこに、告知したばかりの患者に対する思いやりを、感じ取った。同じがんで、しかも「倍くらいあった」という人が、十五年経っても死なないで、現に今、白衣を着て目の前に座っている。それは、私ががんである事実と、同じくらいの重みを持つ支えであり、励ましだ。

「私は今、こういうこともしているんです」

先生は、小冊子をさし出した。

受け取ったそれには「がんと共に生きる全ての人々に、ジャパン・ウェルネス」とあった。診察の中で、「がん」が、言葉として出た最初である。

印刷された、その二文字に、

(私が、がんであるという診断は、すでに揺るぎない事実なのだ)

と改めて悟る。

☆私の感想☆ 

上記の文章は、岸本さんの著書の中にある告知場面です。前の日から、そわそわ落ち着かない気持ちに対し、好きな本を読みふけることで対応するという記述があります。誰もが、診断結果がどうなるのかとても不安になります。私など、健康診断の結果でさえドキドキしてしまいます。私が岸本さんのこの状況に合ったら、きっと一晩中眠れなかったでしょう。 

他の病院でのレントゲン写真を医師がみて、説明する流れの中で、岸本さんが、がんであることを察していくという描写。確定診断はないと踏んでいた岸本さんでしたが、遠巻きに気づかせていくという医師の配慮がありました。また、岸本さんにとって幸運だったのは、医師自身ががんの経験者だったこと。経験者だからこそ、患者への繊細な対応が他の医師とは異なるのです。描写にはありませんが、この医師の表情や所作などからも、そうした気づかいが表れていたに違いありません。

著作によると、がん確定の告知は、手術後になりますが、ここでの診察が事実上の告知場面と言えるのでしょう。それでは、告知場面の後半部分を下記に引用します。

 

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 ◇◇◇『がんから始まる』 告知を受ける (後半部)◇◇◇

 竹中先生は、もうメスを執っていないが、勤務していた病院に、翌日の診察の予約を入れてくれた。そこが、私が入院し、手術を受ける病院なのだ。

「いろいろとお仕事の都合もおありでしょうけれど」

と問われ、

「いえ、もう、健康第一ですから、まわりにはせいぜい迷惑をかけようと思います。二度も三度もあることではないし」

本心だった。私にとっての優先順位はあきらかだ。それに、二度、三度とあっては困る。ないつもりである。

診察を出て、会計を待つため、ロビーのソファに座った。

がんになったのだ。自分に言い聞かせるように、つぶやきかけ、でも、今、このことに感情的に深入りするのはやめよう、と思った。

気持ちを切り替えるために、読みかけの伝記の続きを開く。

三ページほど進んでから、試みに元へ戻って、今読んだぶんに何が書いてあったか確かめた。

それなりに、内容を覚えていた。目がただ機械的に字を追っていただけではなく、意味としても、頭に入っていたようだ。

(闘病記には、よく「告知を受けて頭が真っ白になった」とあるけれど、思考機能は、どうにか働いてはいるのだな)

と判断した。

診察の中で、先生が「がん」という言葉を、音としては一度も出さなかったことも思い出していた。

告知の衝撃を、そうして可能な限り、やわらげたのである。

クリニックを出て、駅へと歩く間は、

(まずは、絶対に交通事故に遭わないで、駅までたどり着くこと)

を目標にした。こういうときは、まともに行動しているつもりでも、実は度を失っており、周囲への注意力も極端に低下しているに違いないのだ。

会ったこともない私の「相談」に応じ竹中先生に連絡をとってくれた人、竹中先生の紹介で執刀医となる先生。あるかなきかのつながりをたどり、たくさんの人を煩わせて、なんとしても守ろうとしているこの命、縁もゆかりもない人間の車になどはねられて落としては、悔やんでも悔やみきれない。

駅までは一本道だが、別の通りと交差するたび、足を止め、ハッタと左右を睨みつけていた。車の運転手にしてみれば「寄らば斬るぞ」という殺気がみなぎっていて、ブレーキをかけずにいられなかったに違いない。

おそろしく気を張っていたせいか、駅に着くと、どっと疲れた。とりあえず喫茶店に座り、朝一で出てきたから、まだ十時半。日の射し入る窓からは、通りを行く人々が見える。

ほんの一時間ほど前、ここを通ったとき、

(帰りに、この喫茶店に寄ってもいいな)

と思った。そのときの私は、まだ、がん患者ではなかった。がんはすでにあったけれど、そのことを知らなかった。

がんになったのだ。

ロビーで禁じたひとりごとを、今度は、最後までつぶやく。

私の人生は、これで大きく組み立て直さなければならなくなった、と。

これまでの心配事は、ほとんどが、年を取ったらどうしようというものだった。ひとりで、子もなく、住まいは?年金は?

自分がいかに、何の根拠もなしに長生きすると信じ込み、すべての前提にしていたかを、思い知る。

その前提が、今日のこのときから、なくなったのだ。

 ☆私の感想☆

岸本さんは、診察終了後、ロビーのソファに腰かけて、「感情的に深入りするのは止めよう」と、感情の渦に巻き込まれないように対応します。岸本さんは、ネガティブな感情から少し距離をとって、自分自身に落ち着け、落ち着こうと。岸本さんの、自分を客観的に眺められる力が発揮された場面です。通常は、頭を抱え込んだり、涙を流したり、誰もいないところだったら、大きな声をあげてしまうところです。私だったら、というか私の過去の似た場面では、ひとり思い詰め、うな垂れていました。お恥ずかしいですが。

しかし、その後の展開をみると、客観視している強い自分と告知で震える素の自分の間で、強く葛藤する様子が描かれています。駅まで歩くときの度を越えた警戒心。岸本さんも「どっと疲れた」と。そして喫茶店の席で、自分を抑える力が緩んだところで、ふたたび病気の怖さが浮かび上がります。しかし今度は、その恐ろしさに飲まれるわけではなく、現実を検討し始めます。「これで大きく組み立て直さなければならなくなった」と。岸本さんは、自分を客観視する力(もうひとつの視点)をお持ちなので、診察室を出て、喫茶店で一息つく間に、自分で自分の気持ちをうまく宥め賺していけたのだと考えます。

告知に対して、私たちはどう対応していけばよいのでしょうか。岸本さんの著書を参考に考えると、先ずひとつは、患者の気持ちに配慮できる医師に出会うことです。二つめは、自分を客観視する力を持つことです。一つ目は運に頼るほかはなく、二つ目は直ぐに獲得できるものではないかも知れません。しかし、告知の苦しさを乗り越えるために、誰にでも使える手法があります。それは家族や友人に、苦しい胸の内をぶちまけてしまうという手法です。わたしもそうしました。もう苦しい時は、迷惑をかけてしまうも何もないです。後で何某かのお礼は必要かもしれません。

あるがん経験の方の著書にあった助言です。大事な診察、検査の際は、信頼できる友人や家族にその付添いをお願いすることが貴重な助けになるということ。 岸本さんも、私の時も、自分ひとりでの対応でした。でも、そこにもう一人、信頼できる方が付いていてくれるなら、安心感があり、患者本人にとっては大きな精神的な支えを得られます。厳しい検査結果も、親しい誰かと一緒なら、辛い気持ちを半分ずつ分け合えることでしょう。

 

まとめ

今回は、エッセイストの岸本葉子さんの闘病体験を採り上げてみました。いかがでしたでしょうか。闘病する者となっても、病気の浮き沈みに耐えつつ、その経過を客観視しながら、病いと向き合う姿はたいへん参考になります。ぜひ一度、岸本さんの闘病関連の著書やエッセイ、出演する番組をご覧になってみて下さい。

 最後までご覧くださり、ありがとうございました。

 

[引用元:岸本葉子『がんから始まる』文芸春秋、2006、31-36項]

 

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