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闘病映画から得られるヒント 映画『こんな夜更けにバナナかよ』 支援者とコミュニケーションする力

こんにちは、ジョニージョニーです。今回の闘病のヒントを探る映画は、実話をもとにした作品『こんな夜更けにバナナかよ』。筋ジストロフィーを患う主人公・鹿野靖明大泉洋さん、マドンナ的な役処・安藤美咲高畑充希さんが演じます。

時代設定は1990年代。舞台は札幌。障害にもかかわらず、自由奔放に自立生活を送る鹿野。その鹿野を支えるボランティアたちの姿が描かれます。障害者支援の法制度や公の支援サービスが十分整わない時代でした。そのため、障害者の自立生活は試行錯誤の状態。鹿野をサポートするボランティアたちの奮闘ぶりが伝わってきます。支える側と支えられる側が、時に笑い合い、時に号泣する、生死のボーダー上で交わされるコミュニケーションがどんなものか、私たちに覗かせてくれる映画です。

闘病する者が支援者や家族と、どのように関わったら良いのか、そのヒントがこの作品から見つかります。

それでは。

 

  目次

 

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闘病映画『こんな夜更けにバナナかよ』 主な登場人物

主人公・鹿野靖明 : 大泉洋

進行性筋ジストロフィーを患う鹿野靖明。自宅を出て、街中でアパート暮らし。障害のため、数多くのボランティアの助けを必要とする自立生活。それでも、自由奔放に振る舞う鹿野に、ボランティアたちは振り回されっぱなし。

 

安藤美咲 : 高畑充希

ボランティアの田中の恋人。田中めあてで鹿野宅を訪ねてみたところ、成り行きからボランティアに。田中の恋人と知らされない鹿野は、美咲に一目ぼれしてしまいます。

 

田中久 : 三浦春馬

医大生。筋ジスと闘いながら自立生活を送る鹿野に共感してボランティアに。恋人の美咲もボランティアに加わったことから、鹿野との三角関係に発展。やがて田中は、鹿野と美咲の仲を疑い、ひとり苦しむことに。

 

高村大助 : 萩原聖人

ボランティアのまとめ役。鹿野との付き合いも長く、良き理解者です。

 

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闘病映画『こんな夜更けにバナナかよ』 あらすじ

鹿野のアパート。ボランティア(以下、ボラ)が入浴介助をしています。気持ちよさそうな鹿野は、まるで王様のよう。買い物からボラの田中が戻りますが、ハンバーガーの銘柄を間違え、鹿野にどやされます。

そこに美咲がやってきます。田中の様子を見に来ただけなのに、急遽、来れなくなったボラの穴を埋めることに。田中と一緒に深夜帯のボラに入りました。

 

深夜2時、鹿野が突然、バナナが食いたいと言い出します。美咲は夜の街に飛び出してバナナ探し。鹿野は眠れないからと、眠い田中とオセロゲームです。美咲はなんとかバナナを手に入れました。

美咲は正式に鹿野のボランティアに加わります。

 

あるボラが、忘れられない鹿野の言葉を紹介します。鹿野いわく「俺がわがままに振る舞うのは、他人に迷惑かけたくないからって、縮こまっている若者に、生きるっていうのは迷惑をかけあうことなんだって伝えたいからなんだ」。

 

鹿野がボラにタバコを持ってこさせ、偉そうにしているのを見て美咲は「鹿野さんて何さま?障害者ってそんなに偉いの?」と。それに対し鹿野は「ボラだって学んでいる。付き合いは対等だってみんな言っている」怒りながら美咲に「もう二度と来るな!」と。でもその夜、鹿野はわび状を書き、美咲へ渡してくれと田中に頼みました。

 

鹿野はボラのみんなとロックフェスティバルへ。美咲もいます。鹿野が語り始め「夢はアメリカ旅行。僕はアメリカの障害者活動家に見込まれて、自立生活を始めた。今度は僕から彼に会いに行くんだ。そのために英検2級を目標にしてる」。

 

ロックフェスを楽しむ鹿野でしたが、突如、激しい便意が。美咲は大慌てで車いすを押しながらトイレを探し回ります。でも、間に合いませんでした…。着替えた後で鹿野は、僕はぜんぜん気にしてないよ!と何もなかったかのよう。

 

病院で主治医の診察。医師は拡張型心筋症のため重症不整脈が出ていると。「このままでは命の保証はできないので、明日から入院です」と鹿野に告げました。鹿野は「二十歳まで生きられないと言われて、今日まで生きてきた。命の責任は自分で持つ!」と。医師はため息をつきます。

 

鹿野の部屋。美咲に大量の買い物を頼む鹿野。美咲は「鹿野さんて自由だよね」と。鹿野は「自分ちで遠慮する人いる?それじゃ病院と変わらない」。

鹿野の母がボラへ差し入れを持ってきました。その母に鹿野は「帰れよ、クソババア。二度と来るな」と。美咲が鹿野の母を見送りました。

 

障害者のシンポジウムに参加する鹿野。車いすの少年から「夢はありますか?」と尋ねられます。鹿野は応えて「英検2級に合格して、アメリカへ行きたい。自立生活センターが見たいんだ」「誰かの助けを借りないとできないことだらけさ。でも、思いきって人の助けを借りる勇気も必要なのさ」と。

 

鹿野の部屋。美咲が「お母さんに甘えたくないは嘘でしょ」と言うと、鹿野は「親には親の人生を歩んでほしい。病気を謝られるのも辛いんだ。障害者の世話は家族がやるのが当たり前、というこの国の常識に抵抗しているんだ」と。

 

卒業シーズンの3月、学生ボランティアの半分が辞めることに。鹿野は大学構内で、ボラ募集のビラ配りを始めました。鹿野いわく「いつだって必死だよ」。

 

鹿野の部屋。鹿野は英検の勉強中です。ボラの合間、美咲も受験参考書を開いています。鹿野がチャンスとばかりに美咲の手に触れると、美咲も反応して握り返しました。そこに別のボラがやってきます。美咲は慌てて外へ。

この後、鹿野は田中に「誰も来なけりゃベッドイン寸前だった」とうそぶきます。

 

美咲は気まずくなったのか、ボラを休みました。変わりが見つからずに一人きりの鹿野。運悪くベッドから落下してしまいます。ボラが発見して即病院へ。美咲も急いで病院へ向かいます。幸い、命に別状はなくホッとする美咲。でも鹿野は、医師から人工呼吸器をつけるべきと言われ、喋れなくなる覚悟が必要とも。

 

鹿野は気管切開しないやり方を求めますが、結局、人工呼吸器を付けるための手術を受けました。そして成功し、鹿野は声を失うことに。ボラの介助はさらにハードになり、24時間体制の付き添いが続きます。

 

鹿野の病室。美咲が、人工呼吸器でも声を出せるようになる訓練法の記事を見つけます。鹿野に話すと、試したいと。鹿野は何度も訓練を重ねます。そしてある朝、「おはよう……」と美咲に声をかけた鹿野。ついに声を取り戻しました。美咲は大喜びです。

 

鹿野は医師に家へ帰りたいと申し出ます。しかし医師は、人工呼吸器のため、24時間、誰かが付いていることが必要だと。しかも痰の吸引は、医療関係者以外は家族にしか認められないと。それに対し鹿野は「俺のボラは家族なんだ。その家族のせいで、たとえ死んだとしても、俺は一切文句言わない」。美咲も「やれますよ。鹿野ボラをなめないでください」とキッパリ。鹿野ボラたちは、街頭、大学、ラジオなどで、介助ボラの募集活動を展開します。

 

退院の日を迎えた鹿野。医師も笑顔で見送ります。

鹿野の部屋。記者からの取材に鹿野は「鹿野ファミリーのおかげです!」と。

 

田中が電話で、ボラを辞めると。鹿野は田中の大学に乗り込みます。鹿野は悩める田中に「僕の退院パーティへ来いよ。お前、何が大事なんだ?相談しろよ、友達なんだから。本音で話せ!お前正直に生きているか?」。それに対し田中は「振り回される身にもなってよ」と、田中は鹿野に美咲を奪われたと誤解しています。

 

鹿野の退院パーティ。人工呼吸器を付けながらのスピーチ「12年前に自立生活を始めてから、ずっとボランティアと過ごしてきた。毎日が戦いの日々。けんかしたし、傷つけ合った。でも本気で向き合った。そして理解できて、分かってもらえた。毎日そばにいてくれたボランティア。みんなに出会えて良かった。ありがとうございました」。

鹿野は、この場をかりて美咲に愛の告白をします。でも、あっさり振られてしまいました。

 

大学病院で田中は、車いすで転倒し、助けを求める子どもに出くわします。とっさに手を貸す田中。その時、ふと鹿野の言葉を思い出します「何がしたいんだ?何が大事なんだ?」。

 

鹿野はボラたちと旅行へ。残念ながら、美咲も田中も参加しませんでした。

美咲と田中に突然、鹿野が倒れたとの電話が。ふたりは慌ててコテージへ向かいます。が、着いてみると鹿野は元気で「よくきてくれたね」と。ふたりとも怒ってしまいますが、鹿野は「ふたりを仲直りさせたかったんだ。また、ボラにきてくれるね」と。

田中は鹿野に励まされ、再び医師を目指すことに。美咲は教育大を目指します。鹿野は「試験がんばれよ。ふたりのおかげで楽しかった。いろんなことがあった。ありがとう」と。その時、朝日が差し込み始めると「俺、どんどん元気になってきたよ。今なら走れるんじゃないか!」。

 

「引用元:amazonプライムビデオ

 

www.youtube.com

 

映画『こんな夜更けにバナナかよ』から闘病のヒントを探る

ヒント① コミュニケーション力

自由奔放な鹿野さん。その人間力から多くの支援者が惹かれて集まり、鹿野さんを全面的にフォローする姿が清々しいです。実話を基にしているので、一場面一場面に、リアルさが感じられます。

鹿野さんはただ自由なだけでなく、発信力といいますか、支援を求める力がすごいです。病気や障害を負う者は、言葉は悪いですが、鹿野さんくらいかましいのが丁度いいのかも知れません。その代わり鹿野さんは、支援者に対して感謝の気持ちもしっかり伝える方ですね。やってほしいって気持ちと、ありがとうって気持ちのバランスが取れています。またそのクオリティもすごいです。

鹿野さんだからそれができるのだと思われるかも知れません。でも、そのコミュ力は真似できるものです。お願いすることと、ありがとうのマッチング、そしてその質、病気や障害と付き合う上で大事です。恥ずかしながら、私も映画を観て学びました。

 

ヒント② 病気になっても夢見る力

いつかアメリカに行き、自立生活に導いてくれた友人に会うという夢を鹿野さんは持ち続けていました。映画の中でも何度か語られます。アメリカ行きの下準備として、英検2級合格も目指していました。夢や希望を発見して、持ち続け、目指し続けることは大切です。特に、長期にわたって重い病気と付き合っていくものにとっては。

心理学者のビクトール・フランクルは言います「あなたの内側を見つめるのをやめなさい。大切なのは、あなたの心の中に潜んでいるものではなく『未来であなたを待っているもの』である」と。悩み・苦しみに囚われ過ぎてはいけない。未来であなたを待っているものに意識を向けること、何か夢中になれる目標を見出すことが重要だとフランクルは言います。

鹿野さんにとって、アメリカに行くこと、英検に合格することは、悩んでも仕方のないことに囚われないようにする、セラピーとしての機能もあったのです。

 

ヒント③ 親との関係

鹿野さんは、母親がボラに差し入れを持ってきた時、「帰れよ、クソババア!二度と来るな」と言い放ちます。しかし、これは親への愛情の裏返しでした。後に両親への手紙に「愛情は痛いほど染みていたのに、拒絶してごめんなさい」とあります。

息子の障害で両親ががんばり過ぎることを心配し、自分の人生を生きて欲しいと鹿野さんは願っていたのです。障害者は施設や自宅で暮らすのが当たり前だった時代に、ひとり暮らしを始めた鹿野さん。両親のカラダを思う気持ちも背中を押したのかも知れません。

鹿野さんの「帰れよ。クソババア。二度と来るな」という言葉の行間には、両親への深い愛情が染みこんでいたのです。

とは言え、重い病気をり患した時には、親に辛い胸の内を吐き出させてもらう、生活面で支援してもらう、ということも大事です。落ち着いてから両親へ「あの時は、ありがとうね」で良いのではないでしょうか。

私も自身の病気で散々親に迷惑をかけました。親の介護で少しだけお返しをしましたが。映画の中の鹿野さんの言葉「生きるっていうのは、迷惑をかけあうことなんだ」がとても腑に落ちました。

 

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まとめ

いかがでしたでしょうか。今回は、映画『こんな夜更けにバナナかよ』から闘病のヒントを探ってみました。大泉洋さんが巧みに鹿野さん役を演じられていましたね。

鹿野さんは障害者として自立生活を送った先駆け的な存在。そして鹿野さんを支えたボランティアのみなさんも先駆者ですね。鹿野さんとボラのみなさんの奮闘ぶりが、リアルさをもって伝わってくる映画でした。

こうした方たちの頑張りが、その後の障害者支援の制度やサポート体制の飛躍に良い影響をもたらしたのだと思います。

それでは。

 

最後までご覧くださり、

ありがとうございました。

 

 - 参考文献 -

「諸富祥彦『ビクトール・フランクル 絶望の果てに光がある』KKベストセラーズ、2014年」 

 

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